私が初めてタイに行ったのは、10年ほど前のことだ。もちろん観光旅行である。だが、1年ほど前、横浜とバンコクのYMCAが行っている「プロテクト・ア・チャイルド」プログラムに関わり、土木作業のボランティアや子どもたちとの交流のためタイに行った際、観光客が見るものとは違うタイの横顔を見た。
タイ北部のパヤオ県に、横浜YMCAとバンコクYMCAの協業で設立された児童保護シェルターがある。昨年3月、私は縁あってそこを訪れた。
シェルターの設立目的は、「人身売買などのリスクから子どもたちを守ること」。昨年時点では、3歳〜18歳の約50人の子どもたちが共同生活をしていた。
この地域はミャンマーやラオスとの国境に近く、モン族など少数民族の人々が多く生活している。彼らの一部は、国籍を持たなかったり、僻地(へきち)の集落に隔離されてしまっているため、貧困に悩まされて子どもをブローカーに売り渡してしまうケースが後を立たないのだ。
シェルターに来ることができた子どもたちは「運が良い」と言えるかも知れない。シェルターは設立以来、日本の団体と現地の総領事館によって支援を受けており、親の負担なしに学校に行かせてもらえるだけでなく、面倒も見てもらえる。シェルターの子どもたちの中には、両親が貧困のために麻薬栽培に手を染めて刑務所送りになった子もいるが、奨学金などの制度もあるため大学まで進学することも不可能ではない。
だが、こうした支援や保護を受けられなかった多くの子どもたち、特に少女は人身売買ブローカーによってバンコクに売り飛ばされる。バンコクのパタヤやパッポンストリートといった歓楽街で働いている「性産業の奴隷」の多くが、実はタイ北部から来た未成年の少女たちだ。そして、バンコクの「性市場」の最大の買い手が日本人観光客である。
4月になり、パヤオ県のシェルターからバンコクに移動してきた私は、夜のパッポンストリートに行ってみた。同行した事情通の方の1人が、閉店したカフェ1階の屋外の席を指差す。そちらを見ると、暗がりの中で話し込む中年男性がいた。
「彼らが今まさに人身売買の交渉をしているんだよ」
あ然とした。名の知られたブローカーであるようだ。こうも簡単にアンダーグラウンドの世界を垣間見るとは、とショックを受けた。
夜のパッポンストリートを少し歩けば、日本人観光客が教えたのであろう日本語のシャレやギャグが飛び交う。看板も日本語書きのものが多く、どれだけ日本人が多いか一目瞭然である。バンコクに入る前、パヤオで受けた説明では「最近は中国人や韓国人、オーストラリア人なども買春に来るが、一番多いのは日本人。半分以上はそうだ」とのことだった。
パッポンストリートの横道に一本入ると、そう広くない通りの両側に3、4階建てのペンシルビルが並ぶ。それぞれのビルの前では、トップレスで踊る売春婦や日本語や英語で叫ぶ客寄せがたむろし、現地人と観光客が入り乱れて混雑している。
現地の事情通によると、ペンシルビルに出店する風俗店は1階でのサービスを「おさわり」程度にとどめ、2階では「マッサージ」に、3階になると「本番」といった具合にサービスのレベルを上げていると言う。これは、警察の取り締まりへの対策で、低層階に警察が踏み込めば2階では取り締まられないようサービスを止め、2階が踏み込まれれば3階でサービスを停止する、という態勢になっているのだそうだ。そのため、「当局の取り締まりにはほとんど効果がなく、黙認状態」(現地事情通)。
バンコクの歓楽街にタイ北部の少女が多い理由はもう1つある。ずばり、「日本人の好み」なのだ。北部の少数民族の血を受けた少女は、どことなく顔立ちが中国などの北東アジア系の人種に近い。それが買春をする日本人観光客に「好評」なのだそうだ。
翌日、バンコク郊外にあるエイズ孤児シェルターの施設に行った。
この施設には、親をエイズで亡くした孤児やストリートチルドレンなどが共同生活を営んでいる。母親から受け継いだのか、自らがエイズに感染している子どももいる。私が行った時には、30名ほどがいた。
施設の職員などによれば、バンコクで路頭に迷ってしまう孤児などのなかには、父親がわからない子も多い。「日本人の夫に捨てられた」という話も聞いた。
施設内には日本の公的支援で導入された機器や家具類が多くあり、1つひとつに「日の丸」のシールが貼られているが、この悲惨な現状を作った原因が日本人にもあることを考えると複雑な気持ちになった。
同じような現状を抱える国はタイに留まらず東南アジア全体に広がるが、日本ではこうした現状が報道されることはほとんどない。
ジョンベネ・ラムジーちゃん殺害事件でいったん逮捕されたジョン・マーク・カー容疑者も、もとはバンコクで少女を買春しようとして当局にマークされたそうだが、そうした背景が報道されることはついぞなかった。
マスコミはこの事件を「異常性愛者が引き起こした悲劇」としか報じなかったが、「東南アジアを転々としていた」ことまでわかっていてなぜ、日本と関わりの深い性産業の実態に切り込まなかったのか、という苦々しい思いで報道を見ていた。
人身売買は日本国内でも問題になっている。国内では毎年のように、タイやカンボジアといった東南アジア諸国から入国目的を偽って渡航してきた少女が保護され、売春を強要していたブローカーが逮捕されている。法務省入国管理局も不法入国した外国人の取締りを強化する姿勢を打ち出しているが、アメリカ政府が人身売買問題に関してまとめているアニュアルレポートで日本は、「最低限の基準を満たしていない」として「監視対象国」ともされるなど、当局の対応や法整備の不十分さが指摘されている。
タイをはじめ東南アジアから日本に渡航した人身売買被害者の少女たちは、アパートの一室などで毎日、休みなく売春行為をさせられている。その収入の多くがブローカーや子を売り渡した親に渡るが、売春をしている少女本人が受け取る金は極めて少ない。
タイ北部のパヤオ県やチェンライ県では、広大な農地の一角に巨大な豪邸が建っている事がしばしばあるが、これらの多くが子の売春で富豪になった親たちの住まいである。だが、親たちは子が「日本やバンコクの工場で働いている」とブローカーから聞かされ、その嘘を信じて疑わない。
フジテレビがアジア各国で行った世論調査で、「日本が好き」と答えたタイ人の割合は、実に9割に上った。BBCが世界33カ国で行った国際世論調査でも「世界に良い影響を与えている国」ランキングに国として1位となったのは日本だった(国家連合も含めるとEUが1位)。
だが「尊敬されるニッポン」という側面とは別の横顔もある。タイをはじめとした東南アジア各国で、性産業の最大の買い手国となっているのも日本だ。バンコクの歓楽街で現地人に「日本をどう思う?」と自信を持って聞けるだろうか。
中国や韓国のように、政治的プロパガンダの影響で嫌われてしまっていることはどうしようもない側面もある。だが、悪い部分は直していかなければならない。
日本を自信を持って誇れる国にするために、あえて声を大にしていいたい。「女を買うな」と。
そして、貧困が売春を呼び、売春がエイズを呼ぶ悪循環を断ち切るためには、何よりも貧困にあえぐ少数民族などの支援に、我々先進国の国民が積極的な支援を行っていくことが求められる。現状では国内でこの問題に取り組んでいる団体は少なく、成果もごく小規模にとどまっているだけに、活動の意義と実態がより広く知られなければならない。
国内でも不法入国の取り締まりに力を入れるべきであることは言うまでもないが、闇社会にも関わるブローカーの撲滅のために、国内の性産業にも徹底的なメスを入れていく必要もある。
観光客の安易な欲望の裏に、大勢の人々の悲劇がある。
皆さんも、タイを訪れた際にはそのことに思いを馳せてほしい。
Ohmynews International Corp. 米重 克洋(2006-09-08 13:44)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070410/282